縁(えにし)

 短歌を詠んでいる。とは言っても結社や団体に属するわけでもなく、師がいるわけでもなく、専門誌を読むわけでもなく、徹底的に自己流である。
 常に詠んでいるわけではなかった。短歌のことをまったく思い浮かべもしなかった時間の方が多かったかもしれない。
 それが、どういうわけか、短歌に戻ってきた。



 短歌をキーワードにインターネットで検索をして、結社や団体、個人のサイトをあちこち覗いて回った。そんな中「題詠マラソン」というイベントを知った。8ヶ月で100首。題を詠み込む。今までやったことのないことだった。そもそも「題詠」という言葉すら知らなかった。
 面白そうだとは思ったもののできるだろうかとも思った。申込締切まではまだ時間があったので、昨年の題で予行練習をしてみた。20首ほど詠んでみてやれそうかなと思い、参加表明。同時にブログを開設し詠んだ歌を載せていくことにした。
 「題詠マラソン」に参加した理由は、たくさんの歌を詠んで刺激を受けようと思ったからだ。そこから何らかの縁が生まれることだってあるかもしれない。
 新しい試みはこんなにもわくわくどきどきするものなのか。
 3月1日スタート。一日一首ずつ投稿しようと考えていた。途中投稿できない日があっても夏くらいにはゴールできる、と。3日間はそうした。わたしの歌はあっという間に過去ログに吸い込まれて行った。
 膨大な量の歌に刺激された。それは確かだ。
 感想サイトなども続々登場し、色々な人が色々な歌を取り上げ始めた。それを読むのもまた刺激になった。
 時を同じくして読んだ『短歌と言う爆弾』(穂村弘著)の影響もあり、それら刺激はとても痛いものだった。
 自分の無知さと才のなさを嫌と言うほど痛感してしまった。一生懸命に磨き上げたはずの自分の歌はただの石ころだった。時間を置いて過去ログを見た時に、自分の歌からは何も感じられなかった。嗚呼。
 なぜ、短歌を詠んでいるのか。
 投稿をしながら、そう考えていた。
 なぜ、ブログに載せているのか。
 一方通行気味な己のブログを更新しながら、そう考えていた。
 間の悪いことに、公私共に突発事項続出で心には少しの余裕もなかった。丸々一昼夜遅れて気がついた友人からのメールにたった一行の返信すら出せないくらいに。でもそれでも、歌は詠んではいた。
 なぜ。
 自己満足なのか。
 なぜ。
 他人に見てもらいたいのか。
 なぜ、なぜ、なぜ!
 投稿が滞りがちになった時に、わたしの歌を拾い上げてくださる方がいた(逢森凪さん『みそじのみそひともじ』)。他人の目に留まる、ということがこんなにも嬉しいものだったとは(嬉しさの余り、舞い上がったコメントを残してきてしまった)!
 わたしは、まだ詠んでいてもいいのか。
 救われたような気持ちで投稿をした。『枡野浩一のかんたん短歌blog』にも投稿。人間とはなんと現金なものだろうか。
 少し浮上した気持ちで歌を詠む。いろいろなことからの逃避でもあったのだけれど。
 そして、予期せぬ嬉しい出来事があった。枡野氏が1首取り上げてくださったのだ(「そうそう。その調子」というコメント付き)。
 この調子でいいんだ。詠んでいいんだ。
 そう、思った翌日。
 題詠マラソンに参加していたある方が、参加者のレベルの低さに嫌気がさし棄権された、ということを知った。確かに、「こんなヘタくそな歌の中での縁などほしくはない」と言ったような歌を最後に投稿していらっしゃらない。
 浮かれていた頭を殴られた。とてもとても痛かった。
 ヘタくそな歌を出した、という自覚があるだけに、月並みな言葉だけれど、ショックだった。
 拒絶されてしまったんだ。
 見も知らない人であっても、拒絶されるって哀しい。
 歌ってなんだろう。
 なぜ、歌があるんだろう。
 ぐるぐると円を描く。
 そうして回っていたら、題詠マラソン完走者のお若い方(多分きっと)がブログでこの件(だと思う)について書かれていた(那賀神 哲さん『吾が思ふままに』 )。わたしはただただぐるぐるしていただけなのに、彼(おそらくきっと)はその思いを短歌に詠んでおられる。その記事には逢森凪さんからトラックバックで返歌があった。
 その歌たちはすうっと沁みてきた。わたしの歌じゃないけれど、わたしの気持ちであったし、わたしへの返歌じゃないけれど、わたしへの応えだった、と思う。
 まだ、詠んでいよう。ヘタくそなままだろうけれど。
 人が人と会うのを縁というのなら、わたしが短歌に会ったのも縁じゃないのか。
 そう思ったから。
 あの日ネットの中で題詠マラソンを見つけたのも縁なんだよ。
 だから、走ろう。
 
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by mizuki_nim | 2005-03-18 21:27 | 徒然につづる