待ち伏せられる

『詩歌の待ち伏せ 上・下』北村薫著 文藝春秋社 上2002.6 ISBN4163586202 下2003.11 ISBN4163653600

「詩歌」なので短歌だけではないが、石川啄木、塚本邦雄、佐々木幸綱、藤原定家、慈円、中城ふみ子・・・多くの歌人が取り上げられている。

筆者を「待ち伏せていた」詩歌についての一考察である。本屋で、家で、図書館で、どこででも待ち伏せする詩歌がいる。そこからまた新たな詩歌に出会う。

上巻、「ふらここ」という言葉の陰で介子推やブラッドベリが待ち伏せているなんて、まるで思わなかった。

下巻、土井晩翠の「星落秋風五丈原」から藤原定家、慈円そして伏見院の歌が引っ張られるように出てくるのは、詩歌が「待っていた」のだとしか思えない。

こういう「待ち伏せ」は誰にでも経験のあることではないだろうか。そんな時の心躍る嬉しさを思い出した。

この人の小説は大好きで読んでいたのだが、詩歌についてのエッセイがあったとは気がつかなかった。
わたしはこの本に図書館で待ち伏せされていたのだ。うれしいこと!

「同じ言葉に向かい合っても、人によって思うことは違うものです。」上 p.56
「作品があればそれで十分‐というのは、潔い態度のようです。しかし、一人の読む力には限りがあります。
 作品に関する作品が存在するのは、ありがたいことだと思います。このように、見えない世界を開いてくれるのです。」上 p.80-81
「なるほど、真実は一つと決まったものではありませんね。」上 p.180
「表現者が、動かし難い一語を探すという話は、いくらもあります」下 p.48

尚、わたしは未読だが、『詩歌の待ち伏せ 続』が2005年4月に刊行されている。
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by mizuki_nim | 2005-04-30 21:45 | 徒然につづる