スローファイア

さあさあと銀の雨降るレコードのノイズのような音たてて降る
フォローアップさるるからだの重たさよ臓器のひとつ失せたるからだ
カーテンの裾にからだを分けられぬ内診台がじょじょに上がれば
いいですね何もないです。超音波画像もやもや映るモニター
きっとここは微笑んでおくべきところ口角少し上げてみるなり
何もないと言わるるたびに膿がでる傷のあること医師は知るまじ
樟のみどりが塀をはみだして歩道とわれに樹雨を降らす
雨の日はほこりのにおいたつ書庫にながく潜みぬ配架をしつつ
七人掛けの座席に大き七人目座すごと本を書架に差し入る
天金の昏きをぬぐいやりたれば人差し指の腹がくすみぬ
メールにて捜索願い出されたる本がとなりの書架で見つかる
襟にゆび入るるがごとく花布(はなぎれ)のあたりに指をひっかけて取る
返却の古き雑誌の折り目から茶色のページぱきんと割れる
コピー機のガラスの面にこぼれたる、たぶんページの角のいずこか
てのひらでガラス払えば褐色のかけら落葉のごとく散りたり
大丈夫にはあらざれど「だいじょうぶ」とのどの割けたる本を受け取る
取扱注意のしるし 白ひもを資料にかけて天で結わえつ
酸性の雨に打たるる森あるを思う白ひも十字にしつつ
  紙の酸性劣化をスローファイアと呼ぶ
三分で自動消灯する書庫にスローファイアがてんてんと燃ゆ
〈緩慢なる炎〉をわれも持ちおらむ紙片のごとく毀(こぼ)るるなにか
酸つよき感情の名をわれは知らず夜の湯船に湯が冷えてゆく
膝がしらに前歯の凹みただ膝を抱え座りていしと思うに
吸い込みたるすべての息を声に変え獣のように吠えてみたしも
ビル風がわれのからだを抜けながらふぉーうふぉーうと長調で鳴る
しゃらしゃらと黄金の葉を引き連れてアスファルトのうえ北風がゆく
南(みんなみ)へ向かいていしがわずかなるくぼみにとられ動けなくなる
ほうじ茶の湯気に眼鏡をくもらせてたしかな熱さ指に移せり
「降れば雪」のラインを気象予報士が黄色い棒で南にずらす
初雪を手に受けながら種としての滅びの側にわれがたたずむ
ニンゲンとならずに卵(らん)は東京に降る雪のごと消えゆくならむ




詠みたいと思い続けていたことがふたつ、化学変化を起こして、一連の作品になりました。


第二回塔新人賞の次席として『塔』7月号に掲載されました。
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by mizuki_nim | 2012-07-19 20:13 |