カテゴリ:本歌取り( 22 )

百人一首本歌取り

二進法の恋makoさんプレゼンツ「百人一首本歌取り企画」に参加しています。
完全制覇の暁には「瑞紀の一人百首」ができる予定です(あくまでも予定っすよ・・・・・・)。c0053571_23343846.jpg
本歌取り・・・すぐれた古歌や詩の語句、発想、趣向などを意識的に取り入れる表現技巧。辞書を引くとこんな風に難しーく書いてありますが、
優れた歌(好きな歌)の世界を自分の中に取り込んでわたしの歌にしてみよう
ということだと勝手に解釈してやってゆきます。

本歌の解釈、コメント、本歌取りのキーワードなど書いていきますので
古典だ!と構えないで、お気軽にのぞいてみて下さい♪口語で詠んでいきますので。
グリーンの文字の歌がわたしの詠んだ歌になります。

*解釈・感想は私見です。

020 までアップしています
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by mizuki_nim | 2005-10-01 00:00 | 本歌取り

020  わびぬれば

020: 元良親王(もとよししんのう)
わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ
わびぬれば いまはたおなじ なにわなる みをつくしても あわんとぞおもう
つらくてやりきれなくて、逢っても逢わなくても同じことなら、難波の澪標ではないけれど、私の命が尽きようともあなたに逢おうと思っています。

わびぬれば・・・つらくて、もう遣りきれなくなったので。「わび」は「困惑する」「つらいあまり歎く」などの意。
今はたおなじ・・・もはや、逢っても逢わなくても(噂が立ってしまった以上)同じこと。
難波なる・・・「みをつくし」に枕詞風に掛かる。
みをつくしても・・・命が尽きようと。「みをつくし」(澪標)を掛ける。
澪標・・・《「澪(みお)つ串(くし)」で、「つ」は助詞「の」の意》澪にくいを並べて立て、船が往来するときの目印にするもの。和歌では「身を尽くし」にかけて用いることが多い。みおぎ。みおぐい。みおじるし。

*作者について
陽成院の第一皇子。『大和物語』に「故兵部卿の宮」として風流好色の逸話を残す。宇多法皇の寵妃であった藤原褒子との熱愛は有名(らしい)。

密通が露見して後、相手 (藤原褒子)に贈った歌。
あら、ちょっとこの人、開き直ってますよ。でも、ヘンに言い訳されたり逃げられるよりは、こういう方が嬉しいかもね。褒子さんの反応を知りたいですな。

本歌取りのキーワード:みお(澪・水脈)
水脈(みお)つきておまえと逢えぬ日が来てもこころはここにあると思えよ

み‐お (澪・水脈・水尾)《「水(みず)の緒(お)」の意》
1.浅い湖や遠浅の海岸の水底に、水の流れによってできる溝。河川の流れ込む所にできやすく、小型船が航行できる水路となる。また、港口などで海底を掘って船を通りやすくした水路。
2. 船の通ったあとにできる跡。航跡。

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by mizuki_nim | 2005-09-28 22:49 | 本歌取り

019 難波潟

019: 伊勢(いせ)
難波潟 みじかき蘆の ふしの間も 逢はでこの世を 過ぐしてよとや
なにわがた みじかきあしの ふしのまも あわでこのよを すぐしてよとや
難波潟に生える短い葦の節のようなほんのわずかの間さえ、あなたと逢わずにこの世をむなしく過ごしてしまえとおっしゃるのですか。

難波潟(なにはがた)・・・上代、大阪市の上町台地の西側まで来ていた海域の古称。難波江。
みじかき葦の・・・この句までが「ふしのま」を導く序詞。生えて間もない短い葦は節も短いため、短い時間の比喩。
ふしのまも・・・前の句からの続きとしては「(葦の)節と節の間も」の意になるが、後の句へのつながりとしては「ほんのわずかな時間も」の意になる。「ふし」には「臥し」が掛かる。あはでこの世を・・・逢わずにこの世を。「世」は「人生」の意だが、「男女の仲」の意も含む。また「節(よ)」と掛詞になり、「ふし」と共に葦の縁語。
すぐしてよとや・・・過ごしてしまえとおっしゃるのですか。

*作者について
伊勢守藤原継蔭の娘なので伊勢と呼ばれた。才媛で言い寄る男多かったが、藤原仲平との恋愛に失敗。その後、宇多天皇の寵愛を受けて皇子を産み、伊勢の御息所と呼ばれた。

仲平が訪れなくなって詠んだ(らしい)です。
愛とは・・・・・・愛とは・・・・・・って感じ(いったいどんな感じなんだ?)。
えーと、竹内まりやの『元気をだして』という曲を贈りたい。

本歌取りのキーワード:帰ってこない恋人
吾ではない恋人を抱く(だろう)汝のシャツにアイロンかけ続ける夜
*ルビ 汝=な 夜=よ

いつもルビは()に入れるのですが、今回は()を歌に使ってしまったので、注として表示しました。
あ、ちょっとコワいヒトじゃないですか?自分で詠んでおいて言うのもなんですが。

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by mizuki_nim | 2005-09-21 22:23 | 本歌取り

018 住の江の

018: 藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)
住の江の 岸による波 よるさへや 夢のかよひ路 人目よくらむ
すみのえの きしによるなみ よるさえや ゆめのかよいじ ひとめよくらん
住の江に寄る波は、昼も夜も寄せてくるのに、あなたは夜でさえも来ないのですね。夢の通い路の人目を避けるからなのでしょうか。

すみの江・・・大阪市住吉(すみよし)の古称。当時は入江があった。「すみ」に「墨」を意識し、静かな暗い海を暗示していると思われる。住吉・住之江・墨江。
岸による波・・・ここまでが序詞。「寄る」と同音の「夜」を導く。そればかりでなく、波は昼夜問わず寄せることから第三句「夜さへや」全体にも響き、また岸を歩く時は波を避けるので、第五句の「よく」にも響くことになる、という、豊かな序詞。
よるさへや・・・(明るいうちばかりでなく)夜でさえも…か。
夢のかよひぢ・・・夢の通ひ路。夢の中で恋人のもとへ通う時、魂が通ると考えられた道。
人目よくらむ・・・恋人が来ないのは、人目を避けるからだろうか。「らむ」は原因・理由を推量する心。用心深すぎる恋人に対する恨みを籠めている。「よく(避く)」の主語につき「私は」とする説もある。

*作者について
三十六歌仙の一人。藤原氏出身者として最初の傑出した歌人。また、書の達人でもあった。

別に禁断の恋じゃないけれど、人目を気にする、って、昔も今もありますよねぇ。

本歌取りのキーワード:人目を避ける
他人行儀・手の触れぬ距離・眼差しも交わさぬ それでいいのあなたは
手をつなぐ恋人たちを目で追って空(から)の片手を軽く握った


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by mizuki_nim | 2005-09-20 20:15 | 本歌取り

017 ちはやぶる

017: 在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)
ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれないに 水くくるとは
ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ からくれないに みずくくるとは
神代の昔にも聞いたことがない。龍田川の水を美しい紅色に括り染めにするとは。

ちはやぶる・・・勢いが激しい意で、「神」、また、地名「宇治(うぢ)」にかかる枕詞。
神代・・・神が治めていたという時代。日本神話では、神武天皇の前までの時代。神話時代。じんだい。「神代もきかず」は、「神代の昔語りにも聞いた覚えがない」ということ。
龍(竜)田川・・・奈良県北西部、生駒山地の東側を南流して大和川に注ぐ川。古くからの紅葉の名所。上流を生駒川という。
唐紅(からくれなゐ)・・・《舶来の紅の意》鮮やかな濃い紅の色。
水くくる・・・水を括(くく)り染めにする。括り染めとは、布を所々糸でくくり、まだら模様に色を染め出す染色法。古くは「水くぐる」と解した例も多く、その場合、「川一面を覆い尽くした紅葉の下を水が潜り流れる」意になる。

*作者について
六歌仙、三十六歌仙のひとり、また伊勢物語の主人公とされる。桓武天皇の孫にあたる。

屏風歌(屏風絵の主題に合わせて詠んだ歌)だそうです。

本歌取りのキーワード:屏風歌、川端龍子『草炎』(国立近代美術館蔵)
ぬばたまの漆黒にゆらゆらめいて金の炎の草いきれ見ゆ

屏風歌とのことで、わたくしもまねっこー(←身のほど知らず)。
昨年国立近代美術館で開催された「琳派展」で見た川端龍子『草炎』のことを詠んでみました。黒地に金の濃淡で夏草を描いた作品です。その時初めて見たのですが、しばらくの間その場を動けなかったのを覚えています。

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by mizuki_nim | 2005-09-19 13:30 | 本歌取り

016 立ち別れ

016: 中納言行平 = 在原行平(ちゅうなごんゆきひら = ありわらのゆきひら)
立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む
たちわかれ いなばのやまの みねにおうる まつとしきかば いまかえりこん
お別れして、因幡へと去ったら、稲羽山の峰に生えている松ではないが、私の帰りを待ち遠しく思ってくれるだろうか。都の人たちが待っていると聞いたなら、すぐ帰って来よう。

いなばの山・・・鳥取県岩美郡国府町の小山。稲羽山、稲葉山とも書く。国庁跡の東北。ただし固有名詞でなく「因幡の国の山」と見る説もあり、また『歌枕名寄』など中世の歌学書は美濃国の歌枕としている。「いなば」は地名と「去なば」の掛詞。
まつとしきかば・・・(都の人たちが)待っていると聞いたなら。「まつ」に松・待つを掛ける。

*作者について
平城天皇の孫。阿保親王の第二子で、在原業平の異母兄。蔵人・右近少将などを経て、因幡守を拝命、任国に赴任した。帰京後諸官を経て、参議に就任。さらに蔵人頭・大宰権帥・治部卿など要職を歴任し、中納言となる。仁明から光孝まで五代の天皇に仕えた。民政に手腕を発揮した有能な官吏であり、関白藤原基経としばしば対立した。

因幡の国へ赴任するときの歌。任国へ赴くときは大変な思いを抱えていたのだろう。現代なら飛行機も新幹線も車もあるし、メールも電話(テレビ電話なんかも!)もあるけれど、その頃はなかったからねぇ。こんな便利なものがある現代だって、メールや電話じゃなく会いたいときだってあるし、移動時間をとても長く感じたりする。気持ちだけは先に飛んでいくんだけれどね。

本歌取りのキーワード:帰る
あいたいと言ってくれたらいつだってあなたの元にとんでかえるよ

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by mizuki_nim | 2005-09-18 19:34 | 本歌取り

015 君がため

015: 光孝天皇(こうこうてんのう)
君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ
きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ
あなたのために新春の野に出て若菜を摘んでいるとわたしの袖に雪が降りかかってきますよ。

若菜・・・正月、初の子(ね)の日(後には七日)に、摘んで食べたり贈ったりする草。春の七草の総称。平安時代、宮中で邪気を払い、万病を除くという七種の野草を摘み、内膳司から羹(あつもの)にして献上した行事が民間に広まったもの。

*作者について
第58代の天皇。藤原基経によって陽成天皇が事実上廃位させられ、次の天皇として55歳で即位。藤原基経を関白に政務を執らせた。

親王時代に詠まれた歌で、「君」というのが誰を指しているのかは不明です。大切な人のために、健やかであれと願い、若菜を摘んだのでしょう。優しい光景ですねぇ。

本歌取りのキーワード:春、雪
立春の夜に降る雪眺めてる君の温もり背(せな)に受け止め

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by mizuki_nim | 2005-08-30 22:18 | 本歌取り

014 みちのくの

014: 河原左大臣 = 源融(かわらのさだいじん = みなもとのとおる)
みちのくの しのぶもぢずり 誰ゆえに 乱れそめにし われならなくに
みちのくの しのぶもじずり たれゆえに みだれそめにし われならなくに
陸奥の刷り染め布のようにわたしのこころは乱れ染まってしまいました。こんなふうになるわたしではないのに、一体誰のせいなんでしょうね。(他ならぬあなたのせいなんですよ)

しのぶもぢずり・・・陸奥国信夫郡特産の摺り染め布。もとは忍草(しのぶぐさ)を染料とした「捩(も)ぢ摺り」のことを言ったとする説があります。「信夫文字摺り」と解されるようになったのは後世のことだそうです。乱れ模様に染めたので、「乱れ」を導くはたらきをし、また「(恋を)忍ぶ」が掛けてあります。
われならなくに・・・「「我ならず」の「ず」の未然形「な」に詠嘆の助詞「く」が付き、更に助詞の「に」が付いたもの。つまり「(そういう)自分ではないはずなのに」といったところです。
乱れそめにし・・・布を「乱れ染める」と心を「乱れ初める」の掛けことばになっています。
ただし、この「乱れそめにし」は百人一首に入る時までに改変されたもので、 古今集の元歌では単純に「乱れむと思ふ」です。

*作者について
嵯峨天皇の12男。左大臣。河原左大臣とも。紫式部『源氏物語』の主人公で美男子の光源氏の実在モデルとされる。奥州塩釜の風景を模して作庭した六条河原院(現在の渉成園)を造営したという。

自分の心を疑った女性に贈った歌らしい。ちょっと(いや、かなーり)キザでないかい。ま、光源氏のモデルなんだから、キザなのは当たり前か(?)。でも、こんなこと言われてもときめいたりせず「嘘くさーい」とか思っちゃうわたしは、もう恋はできないのかも・・・・・・。

本歌取りのキーワード:誰ゆえに
つっかかるわたしにため息ついた君 誰のせいだと思っているの
つっかかる君もかわいいそれでつい 「はいはい、全部俺のせいです」


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by mizuki_nim | 2005-08-22 20:56 | 本歌取り

013 つくばねの

013: 陽成院(ようぜいいん)
筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる
つくばねの みねよりおつる みなのがわ こいぞつもりて ふちとなりぬる
筑波山の頂から流れ落ちる、みなの川は――その名のように、蜷(みな)が棲むような泥水が積もって、深い淵となりました。そんな風に私の恋心も積もり積もって、淵のように深く淀む思いになってしまいました。

筑波嶺・・・茨城県の筑波山。
みなの川・・・筑波山から流れ出、桜川に合流して霞ヶ浦に注ぐ小川。後世、男女二峰を有する山に因んで「男女の川」とも書かれる。「みな」は「蜷」(泥中に棲むタニシなど小巻貝の類)と同音なので、そこから次句の「こひぢ」(泥濘)と同音を持つ「こひ」を導く序となる。
こひぞつもりて・・・恋心が積もって。「こひ」は「泥(こひぢ)」を連想させるため、「泥濘が積み重なって」の意を兼ねる。
淵となりける・・・「淵」は水が淀んで深くなっているところ。ふつう「瀬」(流れが早くて浅いところ)の対語。「泥水が積もり積もって深い淀みとなった」「恋が積もり積もって、淵のように深く淀む思いになってしまった」の両義。

*作者について
清和天皇の皇子。わずか九歳(十歳との記述もあり)で即位。その後十七歳で退位。奇行が多かったといわれる。

にっちもさっちも行かない恋という感じがします。
天皇→上皇となった人が東国の筑波山に行ったことがあるんだろうか、と不思議に思ったのですが、筑波山って歌垣で有名なところだったのだそうです。歌垣というのは、大辞林によると“古代の習俗。男女が山や海辺に集まって歌舞飲食し、豊作を予祝し、また祝う行事。多く春と秋に行われた。自由な性的交わりの許される場でもあり、古代における求婚の一方式でもあった。人の性行為が植物にも生命力を与えると信じられていたと思われる。のち、農耕を離れて市でも行われるようになった。かがい”とのこと。現代のお見合いパーティーもしくは合コン?
自由恋愛に憧れていたんだろうか。
この歌は綏子内親王(光孝天皇王の皇女)への恋心を歌ったものらしい。ちなみに綏子内親王は後に陽成院妃になっています。恋は淵じゃなくなったのね。

本歌取りのキーワード: 恋、淵、
「君と見た千鳥ヶ淵の夜桜」を今年もひとりで見にゆきました
「ついて来い」と言われなければ「ついて行く」とは言えない 言えばよかった


淵→千鳥ヶ淵→さだまさしさんの曲『風に立つライオン』という連想です。
この曲は、シュバイツアーに憧れて、アフリカに渡った青年医師の歌で彼の元に別れた恋人から結婚の知らせが届き、その返信という形です。
この中で「ナイロビで迎える三度目の四月が来て今更 千鳥ヶ淵で昔君と見た夜桜が恋しくて」と歌われます。千鳥ヶ淵を見るたびにこのフレーズが頭をよぎります。
限りなくノン・フィクションに近いお話だそうですが、この歌と違うところは、青年医師が帰国した時、恋人は彼を待っていたということでした。ステキな話じゃ♪

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by mizuki_nim | 2005-08-19 22:45 | 本歌取り

012 天つ風

012: 僧正遍昭 = 良岑宗貞(そうじょうへんじょう = よしみねのむねさだ)
天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ
あまつかぜ くものかよいじ ふきとじよ おとめのすがた しばしとどめん
空を渡る風よ、雲をたくさん吹き寄せて、天上の通り路を塞いでしまっておくれ。天女の美しい姿を、もうしばらく引き留めたいのだ。

天つ風・・・天空を吹き渡る風。
雲のかよひ路・・・雲や月、鳥などが通ると想定された、空の道。
乙女・・・天女。五節の時に歌われる「天人の歌」、「乙女子が 乙女さびすも からたまを 乙女さびすも そのからたまを」に由り、舞姫を「乙女」と呼んだもの。五節の舞は古来の宮廷舞楽。新嘗祭などで舞われ、公卿・国司の娘より美しい少女を選んで舞姫にした。

*作者について
桓武天皇の孫にあたる。仁明天皇の寵臣として蔵人・蔵人頭などを務めたが、三十五歳の時、天皇崩御に殉ずるかのように出家した。

ええ、これお坊さんが詠んだの?と最初に思いましたが、古今集では作者名が良岑宗貞となっており、遍昭出家以前、仁明天皇に仕えていた頃の作のようです。俗世にいた頃の歌なのね。随分と綺麗な舞姫がいたんでしょうね。

本歌取りのキーワード: 乙女、天、とどめる
オーロラも虹も乙女も天にある儚きものはとどめておけぬ
可憐なる笑顔をとどめておきたくて繰り返し観た『ローマの休日』

二首目:本歌が百人一首の中で一番好きだといっていた亡父はオードリー・ヘップバーンのファンで、とりわけ『ローマの休日』がお気に入りでした。本歌を読んでいるうちにそんなことを思い出しました。

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by mizuki_nim | 2005-08-09 22:30 | 本歌取り