カテゴリ:塔( 82 )

舫ひ船

さみしいなんてうたふなといふその人がまじめなかほでさみしいよつて

夕暮れを駅まで歩く森永のキャラメル口のなかに放つて

思ひ出すたびに記憶は書き換はるやうな気がして 鳥が横切る

お向かひのビルに当たりて夕ひかり東の窓ゆ部屋に差し込む

湯を沸かすあひだに夢はうすれもうあなたのかほを思ひ出せない

泣き切つてしまふのがいい曇天を映せる水に舫ひ船揺る

さみしいからうたふのだらうでもなにをどううたつてもさみしいままだ


(塔2月号掲載 三井修氏選)
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by mizuki_nim | 2013-03-20 19:26 |

肉筆

多紀さんのゑがきし柿を掛けをれば秋のひかりが部屋ぬちに満つ

かくかくとブロック体で書かれゐき名刺の裏の父の筆跡

地下水のやうだ記憶は。丁寧に字を書く人でありしよ父は

台風の過ぎたる朝のキャンパスに散らばつてゐるぎんなんを蹴る

鷹女ならば種無柿を選らばむと橙色の秋果購ふ

若葉集の詠草用紙伸ばしゐて歌の仲間の肉筆を見る

おぼろなるさみしき夢を沈ませて種無柿をつるりと食べぬ



(塔1月号 小林幸子氏選)
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by mizuki_nim | 2013-02-09 19:39 |

川のほとり

北浜と名前残りているからにかつてここには海のありけむ

道修町とう標識のあるを見る 高安国世の生まれし辺り

ゆくりなく川の匂いす炎天を中之島へと橋わたるとき

大阪の空は(意外に)広いねと陽介くんが馬の眼で言う

さようならまたねまたね 夏ふかき川のほとりに日てり雨ふる

まだ声がよみがえるゆえコスモスの群れ咲く場所で会えるかと思う


(『塔』12月号  山下洋氏選)
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by mizuki_nim | 2013-01-13 20:56 |

例大祭

吹き流し笹のあわいの願いごとそよぎておりぬ病院の庭

マンションに掲示されたる御神輿の駒番表を朝夕に見る

平泉を訪いたる年に平泉の神輿が渡御すわが住む街を

ほんとうは夏のさなかと思えども今日より残暑お見舞いをいう

「週末は御神輿ですね」挨拶に続けて話す八階の人と

道路沿いに例大祭の幟たち交通規制の看板が立つ

泥のついた足袋は洗うなと張り紙がしてある角のコインランドリー


(『塔』11月号  真中朋久氏選)
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by mizuki_nim | 2013-01-13 20:50 |

ほうたる

銀座に源氏ボタルを観る夕べ入場待ちの列に並びぬ

呼吸するごときひかりに伸ばしたる手をやわらかく網戸がはばむ

きれいねと声の聞こえる暗闇に鳥取で観しほたるを思う

樗谿(おうちだに)神社の鳥居くぐりゆき初めて見たるほたるのひかり

ほうたるが吉川宏志の手の上で明滅するを近寄りて観き

ゆくりなく手より離(か)れたるほうたるの水脈引くごときそのひかり美(は)し

地下鉄の暗がりよぎり樗谿(おうちだに)よりほうたるが眼裏(まなうら)に来る



(『塔』9月号 小林幸子氏選)

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by mizuki_nim | 2012-12-03 21:40 |

スローファイア

さあさあと銀の雨降るレコードのノイズのような音たてて降る
フォローアップさるるからだの重たさよ臓器のひとつ失せたるからだ
カーテンの裾にからだを分けられぬ内診台がじょじょに上がれば
いいですね何もないです。超音波画像もやもや映るモニター
きっとここは微笑んでおくべきところ口角少し上げてみるなり
何もないと言わるるたびに膿がでる傷のあること医師は知るまじ
樟のみどりが塀をはみだして歩道とわれに樹雨を降らす
雨の日はほこりのにおいたつ書庫にながく潜みぬ配架をしつつ
七人掛けの座席に大き七人目座すごと本を書架に差し入る
天金の昏きをぬぐいやりたれば人差し指の腹がくすみぬ
メールにて捜索願い出されたる本がとなりの書架で見つかる
襟にゆび入るるがごとく花布(はなぎれ)のあたりに指をひっかけて取る
返却の古き雑誌の折り目から茶色のページぱきんと割れる
コピー機のガラスの面にこぼれたる、たぶんページの角のいずこか
てのひらでガラス払えば褐色のかけら落葉のごとく散りたり
大丈夫にはあらざれど「だいじょうぶ」とのどの割けたる本を受け取る
取扱注意のしるし 白ひもを資料にかけて天で結わえつ
酸性の雨に打たるる森あるを思う白ひも十字にしつつ
  紙の酸性劣化をスローファイアと呼ぶ
三分で自動消灯する書庫にスローファイアがてんてんと燃ゆ
〈緩慢なる炎〉をわれも持ちおらむ紙片のごとく毀(こぼ)るるなにか
酸つよき感情の名をわれは知らず夜の湯船に湯が冷えてゆく
膝がしらに前歯の凹みただ膝を抱え座りていしと思うに
吸い込みたるすべての息を声に変え獣のように吠えてみたしも
ビル風がわれのからだを抜けながらふぉーうふぉーうと長調で鳴る
しゃらしゃらと黄金の葉を引き連れてアスファルトのうえ北風がゆく
南(みんなみ)へ向かいていしがわずかなるくぼみにとられ動けなくなる
ほうじ茶の湯気に眼鏡をくもらせてたしかな熱さ指に移せり
「降れば雪」のラインを気象予報士が黄色い棒で南にずらす
初雪を手に受けながら種としての滅びの側にわれがたたずむ
ニンゲンとならずに卵(らん)は東京に降る雪のごと消えゆくならむ




詠みたいと思い続けていたことがふたつ、化学変化を起こして、一連の作品になりました。


第二回塔新人賞の次席として『塔』7月号に掲載されました。
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by mizuki_nim | 2012-07-19 20:13 |

塔10月号掲載歌

くすのきの木立ゆ蝉の声きこゆこのへたくそは生まれたてなり

あ、虫とティッシュペーパーに黒きものつまみあぐればゴマのひと粒

ゴマよりも小さな虫がわが指を避けつつ床を全力で駆く

撫子の咲きたる朝にキャスターが明るき声でおはようを言う

チャンネルを変えるたび見るキーパーが足でボールをはじく瞬間

去年白く咲きいしカワラナデシコの鉢が小暗くベランダにある

台風の端の雲から音をたて降れるひかりに街路濃くなる


(三井修氏選)
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by mizuki_nim | 2011-11-16 22:08 |

塔9月号掲載歌

衝動としての死もある地下鉄の構内放送遅延告げおり

本当に疲れたるとき買い置きのリポビタンD思い出さざり

朝メールボックスに行く新聞の下に『夜明けの手紙』がありぬ

時鮭の旬の脂を見なよって北海道の小母さんが言う

味噌といておればグリルに時鮭の脂がぼっという音を立つ

三度三度腹が減っては飯を食ぶわれの体は生きたいのだな


(池本一郎氏選)
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by mizuki_nim | 2011-11-14 21:52 |

塔8月号掲載歌

奥社までゆくつもりですと応えるに旅館のひとが杖貸しくるる

おみくじを細くたたみて引き結ぶ来ぬというなら先に行きます

展望台から乗り出せど瀬戸内の海と空との境目見えず

犬も息切らせてのぼる石段のおそらくは今千段目あたり

すぐそこに泊まりいるゆえ襖より抜け出して来よ、応挙の虎よ


(吉川宏志氏選)
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by mizuki_nim | 2011-09-21 21:28 |

塔7月号掲載歌

風上に向かえば顔に白蓮の花びら当たる叱咤のごとく

いわき市の友に宛てたるメール便三週間をかけて届きぬ

添え状にどんな言葉を書いたろう脳天気なる9日のわれ

まひるまの青空あわくなるころに坂道くだる桜めがけて

上を向く理由がほしい遠まわりして花咲ける並木道ゆく

でも下を向いても春は花韮の群れなす星がわれを待ちいる

「ウソだった」と歌う人いて神話とは事実と違うこと語るもの


(花山多佳子氏選)
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by mizuki_nim | 2011-08-07 20:51 |