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『塔』11月号掲載歌

ひとりとは人の背ばかり見ることだエスカレーターに運ばれてゆく

鍋洗いつつ死にたいと思うわれが人間ドックを受けているって

わが鼻ゆ広ごる曇り一瞬ののち収束し銀のしずもり

息とうは波動なのだと思うとき右の通りが悪いと言わる

はないきを測る板から鼻息鏡(びそくきょう)なる医療器具となり名を知りて

寝入るまで耳はもっとも冴えわたり果てから音をかきあつめくる

駒鳥がメールボックスよりわれの手に飛び込むをしっかりと抱く

寝転がり鳥影消ゆる空のありわれはロビンを巣に戻せるか


(三井修氏選)

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by mizuki_nim | 2009-11-21 15:38 |

あなたのようで

11月1日、歌人の伊津野重美さんの朗読ライブ『フォルテピアニシモvol.4~笹井宏之に捧ぐ~』に行ってきた。
副題にあるとおり、今回は、今年1月に急逝された歌人の笹井宏之さんの追悼ライブ。

そんなことあるわけはないのだが、途中、何度か、泣いてしまうのではないかと思ってしまう間があって、そのたび天を仰いだ伊津野さんの姿が印象に残った。

  踏み抜きし哀憐の庭 まだここを私は降りる訳にはいかない    伊津野重美

詩メドレーのmori-shigeさんのチェロは、寄り添うような演奏がすばらしかった。


笹井作品の朗読を聴きながら、伊津野さんの朗読はやはり祈りのようだと思う。祈りは、皮膚や肉を突き抜けてうちがわを打つ。うちがわで響く。


創刊されたばかりの詩誌『生命の回廊』vol.1(笹井宏之追悼号)を開いて読みはじめると、涙が出てきて、閉じる。また、開いて、閉じる。結局、会場ではちゃんと読めなかった(ライブが始まる明るいところで滂沱としているのはちょっとなぁと思って)。
今もまだ開いたり閉じたりしている。 

  拾ったら手紙のようで開いたらあなたのようでもう見れません    笹井宏之

伊津野さんのライブでずっと朗読されている詩「れいこ」が活字となっていたのがうれしかった。必ず大泣きしてしまう詩なのだ。たぶん、始めの頃は、「次の世界」に発ってしまった人のことを思って。そして、最近は、「次の世界」に行きたがる自分へのメッセージを思って。

当日は写真家岡田敦さんの写真展示もあった(一粒で二度おいしい)。
『生命の回廊』を開いて、閉じて、岡田さんの写真を見にいくということを二度ほどやってしまう(たぶん、挙動不審なやつだったろう)。
今回はパネルだったのがちょっと残念だったけれど、惹かれる写真ばかりだった。曼珠沙華の写真と雪の海辺の写真が好きで、終演後しつこいくらいに眺めてしまった。


休憩と終演に笹井さんの曲が流れた。文芸だけでなく芸術の才もある人だったのだ。
神様は意地悪だな。もう少し、もう少しだけ、こちら側に彼をとどめておいてくれてもよかったのに。
わたしは笹井さんと交流がなかった。どのタイミングでもよかったのだ、思い切ってメールすればよかった。
もし「次の世界」で見かけたら、きっと声をかけよう。手紙を書こう。メールを送ろう、と決めている。



  青年は静かに笑まうわたくしのワンピースにも実を落としいて



伊津野重美さんのホームページ http://homepage2.nifty.com/paperpiano/
笹井宏之さんのブログ(現在はご家族が更新されています)http://sasai.blog27.fc2.com/
mori-shigeさんのホームページ http://www.mori-shige.com/
岡田敦さんのホームページ http://www2.odn.ne.jp/~cec48450/
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by mizuki_nim | 2009-11-06 22:51 | 徒然につづる

『塔』10月号掲載歌

地下鉄の座席であれは梔子の匂いだったと思い出しおり

分け合うからおいしいのかもしれないねガラスの皿にさくらんぼ盛る

麻がらのはみ出す袋さげてゆく人多くなり盂蘭盆近し

窓枠のなかをななめに突っ切って千鳥模様のように飛ぶとり

迷惑をかけぬ死に方考えて日照雨の中を駅まで歩く

われのあとを河童がついてきたようだぺたぺたという足音聞こゆ

強風が窓に吹きつく狂言の世界で犬はびょうびょうと鳴く


(小林幸子氏選)
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by mizuki_nim | 2009-11-03 18:57 |