窓の空
「窓の空」
「また明日」放射線科に行く父が通用口まで見送りくれぬ
次の手のあらざることを医師は告げ寝ぐせ頭を少し下げたり
病室は八階。緩和ケア病棟は平屋建て
筑波嶺も富士も見えざる病室には行かぬと窓の空を見し父
父の食む一口のためタッパーに梨をぎっちり母は詰めたり
左手の小指から死はひろがれり紫色のこゆびさすりつ
家族だけ病室に取り残されし数分間が『TIME TO SAY GOOD‐BYE』
すべて『竹』と契約したり葬儀にも『松竹梅』のあること知りて
捺印をし終えて思い出したるは父と話しし鳥葬のこと
タクシーの運転手さんが凝視せりゼブラ・ゾーンの喪服のわれを
ぬばたまの黒衣の族集い来て代わる代わるに父の顔見き
*ルビ 族=うから
ワイシャツのピンクをほめてくれしとう元部下の名が名帳にあり
手際よく粒子の父を真ん中に集むる刷毛の動き見つめつ
砕かずとも壷に入りてしまいしを言うとき母はリピートモード
百貨店、仏具屋、石屋 父の死はビジネスチャンスのひとつにすぎず
ダンボールに父の私物を入れし音やけに大きく課内に響きぬ
(天国に)単身赴任中なりとセールス電話に母は言いけり
父の背がラッシュに紛る地下鉄のどこかに黄泉平坂があり
(『塔』2009年2月号特別作品欄掲載 小林幸子氏選)
by mizuki_nim | 2009-02-16 21:42 | 塔